今も沈んでいる。
これを読んでくれているあなたも、同じだろうか。
もしそうなら、ひとりじゃない。
今も沈んでいる。
これを読んでくれているあなたも、同じだろうか。
もしそうなら、ひとりじゃない。

それは、ある日突然ではなくて、本当に静かに始まっていた。
少し笑わなくなって
人と目を合わせることが億劫になり
できていたはずのことが、少しずつ重たくなっていた。
疲れているだけ。誰にでもあること。
そう思っていたけれど、前とはどこか違っていた。
朝、目覚めた瞬間から
胸の奥に小さなおもりがあるかのように
起き上がるまで時間がかかる。
好きだった音楽が遠く感じ、
好きだった本とドラマに面白さを感じなくなり、
世界はグレー色になっていった。
大きな出来事があったわけじゃない。
それでも少しずつ、気づかないうちに
心のカップはいっぱいになっていた。
ある日、ほんの些細なことで、それは一気に溢れかえってしまった。
涙が止まらず、何が悲しいかも分からず、
呼吸が苦しくなるほど泣いていた。
そして、目の前が真っ暗になった。足元の感覚さえ頼りない。
ただ息をすることだけに必死で、私はその場にしゃがみこんだ。
そしてそのとき、はじめて思った。
もう、頑張れない。
私はようやく、自分が限界に達していると気が付いた。

子どもたちの写真をみていたら、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
私はいまこの子たちにとって良い母親でいられているだろうか。
心が沈んでいた日々の間に、
大切な成長の瞬間を見逃してしまったのではないか。
そう思うと、気が付けば涙がこぼれていた。
余裕がなくて笑えなった日。
ただ一日を終えることに精一杯だった時間。
ちゃんと向き合えていなかったにではないかと、
自分を責める気持ちが湧き上がってくる。
けれど写真の中のこの子たちは、のびのびと世界を楽しんでいる。
完璧じゃない日も、元気に笑えない日も、
私はここにいて、同じ時間を一緒に生きてきた。
ただ生きること。彼女たちを生かすこと。それだけで精一杯な日もある。
それでもきっと、この子たちに必要なのは、
完璧であることよりここにいる私なのかもしれない。
だから、今日も寝る前にぎゅっと抱きしめよう。
言葉にならない想いごと、この腕の中に込めるように。
完璧じゃなくても、きっと大丈夫。
心配ごとの95%は起きないっていうけど
それでも良くないことが起きるかもしれないと考えてしまう
起きてもいない未来に
幾度も心が先に疲れてしまう
考えすぎないよう前向きになろうとしても
うまくできない夜がある
それでもそうやって悩んでしまうのは
ちゃんと毎日を生きている証拠だと思いたい。

うつを経験してから、できないことが増えた。
前は当たり前にできていたことが、今はひどく重たい。
朝起きること。
ごはんを作ること。
仕事でミスしないこと。
お風呂はいること。
ちゃんとした母でいること。
いつの間にかできないことばかりを数えるようになった。
「みんなそんなもんだよ」「気にしすぎじゃない?」
そう思われる気がして、私はひとりで抱えることになった。
夜になると、今日も何もできなかったと
胸の奥がざわざわして自分を責める。
それでも呼吸は続いて、心臓は休まず動いている。
生きるって何かを成し遂げるだけじゃなくて
一日を終えることだけで精一杯な日もある。
ちゃんと笑えなくても、前みたいに動けなくても、
今日という日をただただ生きて眠りにつくことができた。
それだけで上出来ではなかろうか。
もし今、「今日ちゃんとできていないなー、生きるって難しいな」
そんな夜を過ごしている人がいたら。
私は大丈夫だよと言いたい。
今日はただそういう日だっただけ。
ずっと書けずにいました。
言葉にしたい気持ちがあるのに画面を開くと何も出てこなくて。
このブログも作っただけで、少しの間眠っていました。
うまく書けない自分も、元気が出ない毎日も、どこから書き出したらいいかわからない気持ちも
全部そのままで。
それでも今日『少しだけでも…』と思えて、こうして文字にすることができました。
LUNE(ルネ)という名前は、フランス語の月という意味をローマ字読みにして付けました。
月が好きで、特に新月です。
光は見えなくても、確かにそこにある。
満ちていなくても、はじまりであること。
この場所も、そんなふうでありたいと思っています 。
答えなんてなくて、整ってなくて、
はじめる前の、ただ立ち止まれる場所。
そしてもし、
この言葉たちが誰かの何かの光になれたら。
それだけで、夜に小さな灯りがともります。